情報空間に
街角や路地は
どう生成されるか

Author: 江渡 浩一郎

abstract

現在研究されている情報システムは、現実の空間をメタファーとし ているものが多い。例えばデスクトップメタファー、またヴァーチュ アルリアリティにおける3次元の室内空間をメタファーとしてとら えたもの。しかし現実の空間の内容とデザインを全てを情報システ ムにあてはめるアプローチは無駄が多いのではないだろうか? また、 情報システムで得られたインターフェイスを逆に都市や現実空間に 当てはめていくといったアプローチも重要なのではないだろうか。

本研究では、情報システム上にいかなる手順で都市における広場や ストリートを生成したらよいのか研究する。

情報空間における
メタファーの
あり方

メタファーとしての
都市の空間

普通コンピューターの中では、情報はファイルという形で保存され ている。そしてそのファイルは、ディレクトリーやフォルダーの中 に、たいていの場合、階層化して置かれている。このように置かれ ている情報にいかにしてアクセスするか、ということを考えた時に、 マッキントッシュではデスクトップメタファーというものを使い、 机の上で書類を広げるかのようにしてアクセスする方法を提供して いる。

この情報のおかれたところを3次元の空間としてとらえてアクセス することができないか、ということを研究しているところがよくあ る。有名なのがアスペンムービーマップというものだ。コンピュー ターの中にアスペンの町並みを作り出して、それにアクセスする。 利用者はあたかも実際に町の中をバスで移動しているかのような感 覚が得られるというわけだ。この他には例えば、3次元グラフィッ クスの本棚の中に本おさめてあって、そこにアクセスすると本がと りだせるというシステムがでてきたりしている。

これらの研究は、つまり情報をアクセスする際のインターフェイス として、デスクトップ(机の上)や都市や空間における本棚のありか たを模しているわけだ。ここでの考え方を、逆に、裏側から見てみ ると、僕達の住んでいる現実の空間、机の上や都市や本棚というの は、情報へアクセスするためのインターフェイスだったのだ、と考 えることができる。

例えば都市というのは、人と出会うためのインターフェイスだった のだ、と考えることができる。今までの自分の(狭い)世界にいた人 間とは違う人達と出会うために、人が集まっているところに出てい く。それが都市の目的であると考えることもできるだろう。

しかし、実際の都市で考えてみると、現実の都市の空間というのは 人と出会うための機能としては、実に貧弱なものしかもっていない。 例えば、いい歯医者さんに出会いたい、と思ってるとしよう。ハロー ページを見て探すという方法もあるが、大抵はそうはしないだろう。 友達や家族から聞いた評判、噂をもとに、つまりクチコミで情報を しいれて、どこの歯医者にいくかきめたりするのではないだろうか。 それができなければ、それこそ町を歩いて探しまわるしかない。

都市をメタファーとして情報空間を構築しようとしている研究が多 数あるのだが、実は実際の都市のインターフェイスを、そのままコ ンピューター上にあてはめてはいけないのではないだろうか。コン ピューター上で、ネットワーク上で考えたインターフェイスを元に、 それを逆に実際の都市のほうへあてはめていくようにしなければい けないのではないか。実は、ネットワーク論というのは、究極的に は、都市とはなにか、都市論にまでいってしまうのではないだろう か。

ネットワークの
街角

メインストリートと
路地の違いは
どこから生まれるか

MosaicでInternetにアクセスするとき、例えばMosaicのホームペー ジは最初に必ずアクセスすることになるので、非常に多数の人がア クセスすることになる。そのとき、その多数の人がアクセスしてい るサーバーは、あたかもたくさんの人が集まっている本屋のような、 空間としてとらえることが可能なのではないか。

しかし現在は、たしかに多数の人がアクセスすると、アクセスが遅 くなるなどの影響がでるが、だれがどんなふうにアクセスしている のかは直接目に見えるわけではない。どんなふうな状況になってい るかはわからないのだ。僕はここで、他の人がどんなふうにアクセ スしてくるのか見たいと思った。

具体的なネットワーク上の仮想的な空間として、MOOというものが ある。MOOの本拠地、一番大きなところとして、LambdaMOOというも のがあって、ここにはいつもたくさん人がいる。少ない時で100人 以下。多いときでは200人以上になることがある。ここではそれぞ れの人に会いにいき会話をすることができるし、だれがどんな人か もわかる。しかし、じゃあこの仮想空間で、100人の顔を見ること が出来たとしても、全部の顔を見るだろうか。

例に出した二つの例、Mosaicのホームページと、LambdaMOOの空間 は、いわばメインストリートとして定義されている空間なのだ。パ ブリックな、公共性の高い情報はだいたいこのあたりに集められて いて、そこから離れていくにしたがって、プライベートな、小さな 路地のような空間に近付いていく。

例えば渋谷を歩いていると人がたくさんいていやになる。ものすご い量の人がいるのだが、そのそれぞれの人同士のコミュニケーショ ンというのはほとんどない。

しかし例えば都市の中でも、淀みのようなものがある。人の足早な ながれがゆっくりとして、つい足をとめてしまうようなところがあ る。例えばホテルのロビーや、喫茶店や公園のようなところ。そこ はメインストリートから一歩外れて、人とじっくり話したりするこ とができる空間がある。

イギリスの大学の中には、例えばボタニカルガーデンがあって、木々 や草花がたくさんあって、散歩できるようになっている。空間は、 広すぎもせず狭すぎもせず、目線がほどよくさえぎられるようになっ ている。季節によって変化のある植物が植えられている。あちこち に座る事ができるような場所がある。結局のところ、イギリスの大 学のような空間は話をするための空間なのだ。大学の中の広い空間 のあちこちが、座って話をしようと誘っている。

現在のInternetの空間の中では、そのような会話のできる空間とい うのは、ほとんどない。

情報空間に
求められる
機能とはなにか

現在のMosaicのようなツールのあり方には、決定的な欠点があるよ うに思う。その欠点とは言ってみれば「とても簡単に使えること」 ではないだろうか。Mosaicを触っていて気がつくと「何も考えずに ただひたすらにマウスをクリックしている」ことがある。

ものごとを簡単にするのは非常に重要で意味のあることだ。しかし 逆に、簡単にすることにより失うものというのも非常に大きい。

Mosaicにより、世界中の情報にアクセスできたり、数多くの一次情 報にアクセスできるようになるということは非常にすばらしいこと だ。いってみればマスコミを通じた情報ではなく、実際に自分で直 接的な体験をすることができるようになるわけだ。

しかしそこで得られた知見が、単に感覚的に面白い、にとどまって しまっては意味がないのではないだろうか。その経験を自分のもの とし、そこから思考をひきずりだすには、その経験を、例えば人に 話したり、文章にしたりして、言語化、あるいは作品化する必要が ある。

Mosaicはあくまでも情報を受けとるためのツールでしかなく、その 受け止めた情報を、咀嚼し、自分のものとするためにはMosaicだけ では足りない。例えば会話するだけでもいい、自分の言葉を外へと 開かせることが必要だ。

例えばInternetでつながっている、まったく立場の違う人間と会話 することによって、自分を説明するための言葉を持つことができる ようになる。Mosaicはそのような目的には、まだ機能がたりないよ うに思う。

言葉や表現を身につけるための情報空間というのが求められている のではないか。

ある情報へアクセスするのに、どのような方法でアクセスするか

例えば具体的に、情報へアクセスするときにはどのような手段があ るだろうか。

銀座の花売りのおばさんというのがいる。銀座の花売りのおばさん というのは、普段は普通に花を売っているのだが、実は銀座のバー やクラブの情報を集めていて、だれがどこにいったのかを聞くと教 えてくれるのだ。昼間は町を歩いて、手にメモを用意しながら、ど こがどう変化したかの情報を集めているのだ。

MediaMOOというネットワーク上の仮想社会がある。その中で、あち こち歩きまわる場合は、普通は n, w, e, s というふうに、キーボー ドから方角を入力して動き回るようになっている。しかしMediaMOO では、タクシーを呼ぶという機能が用意されている。キーボードか ら``call cab''と入力すると、タクシーがやってくる。``enter cab''で、タクシーに乗り込むと、タクシーの運転手が「どこにい きます?」と聞いてくる。例えば図書館にいきたいと思い、``say Library''と入力すると、「Library of Media と、Library for philosopher がありますが、どこにしますか?」と聞いてくる。 ``say Library of Media''と入力すると、その目的地までつれていっ てくれる。ここではタクシーの運転手をメタファーとして情報を引 き出すことができるのだ。

ここでのタクシーの運転手は、目的地となりうる場所を全部知って いるということに注意しよう。MediaMOOという限られた空間の中で は、行ける場所は限られているため、情報に変化が起こった場合は すぐに知ることができる。それに対して銀座の花売りのおばさんの 場合は、昼間は町を歩いて差分情報を仕入れている。全ての情報をいっ きに知る事ができない状況では、こちらのアプローチの方が現実的 だ。

Internet上での情報を検索するツールとしては、例えばarchieとい うのがこれに似ている。archieというシステムは、定期的に anonymous FTP サーバーから情報を集めてきて、その差分を自分の ホストの中に蓄えている。そして利用者は、archieサーバーにアク セスし、検索し、情報をえる。

なにも検索する手段がなかったときと比べて、はるかに情報を探し やすくなったのだが、このシステムでもまだ問題がある。

例えば、archieは、ファイルの名前を元に検索するので、ファイル の名前を知らなかったら検索することができない。「このような用 途につかうもの」といった曖昧な検索は得意ではない。「グラフィッ クを作るもので、できるだけユーザーインターフェイスのいいやつ」 といった検索は苦手だ。

また情報が古くなっているということもある。新しいファイルがあ るのに検索の情報にしたがっていると、古いファイルをもっていっ てしまうこともある。また複数箇所にファイルが分散しているとき、 ホストから遠いところを指定してしまうこともある。

ユーザーからの多様な要求を考えにいれた上で、結果を返すという ようにはなっていないのだ。

今後はこれらを考えにいれたうえで、ユーザーの好みや、何を求め ているのかを認識して、それらにあわせた情報を探してくれるもの が必要かもしれない。

研究計画

現状における
実験について

研究計画を書くにあたって、まず現在のInternetでどのような研究 がすでに行われているかを調査した。

MOOにおけるGopherアクセスの実験

LambdaMOOでは、MOOの中からGopherにアクセスする実験がおこなわ れた。ここで面白いのは、そのアクセス方法に対するメタファーの 変化だ。実験の最初の段階では、Gopher spaceを一つの部屋として 定義していた。しかしそれでは同じ部屋にいる人が同じGopherの選 択をすることになるので、Gopherにアクセスしたくない人にはじゃ まになる。結局いろいろなメタファーを経て、Gopher slateという 形に落ち着いた。つまり石版である。現実世界のいわばノートブッ クや辞書のようなメタファーとなる。これならば、それぞれの個人 が自分のGopher spaceを探索できて、また例えばそのGopher slate を見せれば自分の興味のある情報を見せることができる。

普通の感覚からすると、図書室のような部屋のメタファーを使うの が一番よいように感じるのだが、現実世界のノート型コンピューター のようなメタファーに落ち着いたというのが非常に面白い。

HotelMOOにおけるGopherアクセスの実験

HotelMOOのWAXWEBでのストーリースペースの実験。

HotelMOOでは、ハイパーテクストのそれぞれのパラグラフの一部を、 部屋として定義している。そのテクストを読むものは、それぞれの 部屋を歩いていきながら読んでいくのだ。いってみれば、シナリオ のセリフなどがひとこまづつ壁に書いてある部屋があって、それが ならんでいて、歩きながらそれを見るという感じだ。美術館の壁に 絵がならんでいるのと似ていなくもない。

この空間で面白いのは複数の人間でアクセスしたときだ。友達と会 話をしながら、そのパラグラフのある空間を一緒にあるきながら読 むことができる。

また、この空間に対して、利用者が自分のリンクをはることもでき る。もともと用意されていた正統なストーリーの流れに、別の流れ を付け加えることができるのだ。

現実空間と
コミュニケートする
システム

てがかりとしてはじめにおこないたい実験システム (prototype project:1)

現在考えているのは、展覧会などの現実空間と、Internet上のよう な情報空間とをつなげてしまうような実験である。

まず、会場の壁にプロジェクターのようなもので、映像が投影され ている。その映像の中で、あたかも壁の中にとなりの部屋があるか のように3次元グラフィックスで、仮想の空間が表示されている。 その仮想の空間は、実はInternetにつながっていて、Internetから クライアントを通じアクセスすると、その仮想の部屋の中に人の姿 が現われるようになっている。会場にきた観客は、3Dマウスを身に つけて会場を歩きまわる。そうすると、仮想の空間からは、その現 実空間での人の動きが見えるようになっている。

このような空間において、Internetからアクセスした人は、そこに 現実の人間がいるのを知り、現実の会場からアクセスした人は、 Internetの向うから人が見にきていることを知るわけである。

以上のような現実空間と情報空間とをコミュニケートするためのシ ステムから出発し、情報空間のメタファーを現実空間中に構築した り、またその逆に現実のイベントを情報空間上でも再現したり、な どのシステムを作りあげたい。

現実空間とネットワーク空間との間の行き来を自由に気軽に行って みたい。


by Eto Kouichirou