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情報ネットワークにおける音のコミュニケーション

私はいままで、インターネットなどの新しいメディアを使った新しい表現につ
いて考えてきた。私が作品制作を初めたのは、ちょうどインターネットが普及
を初めた時期だった。私はインターネットを表現の手段として使い、インター
ネット上でしか成立しない作品を作っていった。そしてある時から、情報ネッ
トワークにおける音のコミュニケーションをテーマとした作品を作るようになっ
ていった。

きっかけは、1996年に行なわれた岩井俊雄と坂本龍一によるコンサート
「Music Plays Images×Images Play Music」だった。このコンサートでは坂
本龍一が演奏するピアノの音が光の線のような映像として表現され、また逆に
岩井俊雄の操作する映像が音として演奏されるという、映像と音とを相互に行
き来させるような非常に実験的なコンサートだった。私はこのコンサートをイ
ンターネットを使って中継するために参加した。

インターネットを使った中継といっても、単に会場の映像や音声を配信するだ
けならテレビを使った生中継とあまり変わらない。しかもインターネットを使っ
た中継は非常に画質が荒いため、魅力に乏しいものだった。コンサート自体が
非常に実験的なものなのだから、インターネット中継もその特性を生かした実
験的なものにしたいと考えた。

インターネットならではの特徴は双方向性だ。例えばテレビ中継の場合は映像
を受けとることはできても、逆に情報を送信することはできない。しかしイン
ターネット中継の場合はもともと双方向の情報のやりとりをすることができる。
コンサートの中継を見ながら、同時に会場に向かって情報を送れたら面白いの
ではないかと考えた。

そうしてできたのが「RemotePiano」だ。ステージの上には二台のピアノが置
かれ、一台は坂本龍一が演奏し、もう一台はコンピュータに接続されている。
インターネットから中継を見ている観客は、ブラウザ上に用意されたインター
フェイスから自分の好きな音のパターンを作り、それを会場に置かれたピアノ
に向かって送信することができる。会場にあるコンピュータに接続されたピア
ノは、たくさんの観客からの音のパターンを同時に鳴らすことになる。コンサー
ト中では、たくさんの観客がインターネット越しに坂本龍一と共演するという
パフォーマンスを行った。

この仕組みは遠隔地からピアノを演奏する技術と見ることもできるが、それよ
りも、一台のピアノという場にみんなが集まりそこで音によるコミュニケーショ
ンを交していると見ることができる。このシステムの開発途中に、スタッフの
間でいつのまにか「RemotePiano」を使った音の会話が始まったことがあった。
私はこの経験の後、音によるコミュニケーションという仕組みをさらに発展さ
せたいと考えるようになった。

ちょうどそのころ、RealAudioなどによるインターネット上の音楽配信が盛ん
になってきた時期だった。インターネット上で、リアルタイムに音楽を聞くた
めの技術が普及を初めていた。しかしインターネットにより音楽を配信すると
いっても、配信される音楽そのものは従来のものから変わらない。しかし基盤
となるメディアが変化すれば、その中身もそれに合わせて変化していくはずだ。
インターネットでなければ出来ない音楽が可能になるに違いない。しかし音楽
配信ビジネスはますます盛んになるが、そのような新しい形での表現はなかな
かでてこなかった。それなら自分でやってみようと考えるようになった。

インターネットによって音楽はどう変わっていくのだろうか。私は二つの違う
種類の歌に興味を持った。一つはクジラの唄だ。ある種のクジラは、唄といっ
ていいくらいの複雑な鳴き声を発っする。中でもザトウクジラの唄は、韻を踏
むといった構造を持ち、絶えず新しいフレーズが生まれ、毎年新しい唄が広ま
り、ある海域にいるクジラはみなその唄を歌うようになる。過去40年間の記録
では、同じ唄が繰り返されたことはないそうだ。

海中では光はあまり遠いところまで届かない。しかしその逆に、音は非常に遠
くまで届く。深海には音路と呼ばれる音の層があり、その音路の中に入った音
は、あまり減衰せずに長距離を旅する。その距離は一説には数万キロとも言わ
れている。つまり大洋の端から端まで届いてしまうのだ。人間が地球規模のネッ
トワークを手にしたのはつい最近のことだが、クジラの世界ではすでに当たり
前の物として存在していたのだった。クジラ達にとっては、太平洋のような広
大な領域が一つの音の空間だったのだ。

もう一つはピグミー族の音楽だ。音楽の構造は、それを支える社会構造に大き
く影響を受ける。例えば通常の音楽では、オーケストラにおける指揮者やロッ
クバンドのボーカルのようなリーダーとなる中心的存在がいて、それを他の演
奏者が支える。しかしピグミー族の音楽では、リーダーのような中心的存在が
無く、各自の相互作用によって音楽が作られていく。あるピグミー族の少年が、
別の少年に音のフレーズを教える。そこにまた別の少年が加わり、また一人加
わり、徐々に音の輪が広がっていき、複雑なリズムを持った合唱が生まれてい
く。

インターネットによっていままでの階層的な社会構造が変化し、フラットな社
会構造へと変化していくと言われている。そのように社会構造が変化したとき、
それによって音楽の構造はどのように変化するだろうか。ピグミー族の中心の
ない音楽構造が、それを示唆してくれるかもしれない。

そこから、インターネットを舞台としたある仮想的な音の生物を元にしたアイ
デアを考えた。あなたはまずその音の生物に自分の好きな音のフレーズを教え
ることができる。その音の生物をインターネット上で放ち、自由に歩き回らせ
る。その生物は動き回るうちに、他の生物と出会い、交流していく。音のフレー
ズを交換し、影響を受け、音のフレーズは徐々に変化していく。そしてまたあ
なたのところに戻ってくる。そのようにして、インターネット上を音が移動し、
ゆるやかに全体が変化していく。そのような仮想的な音の生物を媒介とした、
音によるグローバルなコミュニケーション空間を作ることができるんじゃない
だろうか。

ちょうどそのころキヤノン・アートラボから作品制作の依頼があり、このアイ
デアを具現化していくこととなった。インターネット上を移動していく音の生
物というアイデアを実空間に移し変え、音のロボットが会場の中を動き回り、
ゆるやかに変化する音の空間が表われてくるという作品、「SoundCreatures」
を制作した。

この作品は、インターネットからの参加者、会場を動きまわる音のロボット、
会場に見に来ている観客という三者の相互作用からなる。インターネットから
の参加者は、この作品のホームページから会場にあるロボットのどれかに接続
し、ブラウザから自分の好きな音のフレーズを入力する。ロボットはその入力
された音のフレーズを演奏しはじめる。

会場の空間では、八台のロボットが自由に動き回っている。それぞれのロボッ
トにはスピーカーが塔載されていて、それぞれがインターネットから送られて
きた音のフレーズを演奏している。会場の中でロボット同士がぶつかると、そ
のロボット間で音のフレーズを交換したり、一方的に音が移っていったりする。

会場に来ている観客は、そこに置かれている端末からロボットに対して、オク
ターブを上げる、テンポを速く、音列を逆再生、などといった音の指令を送る
ことができる。

システム中にはいくつかの表面に表われないパラメータもある。例えば一つ一
つのロボットには感染力が定義されていて、ネットワークから頻繁にアクセス
されるロボットの音は会場の中で広まりやすくなる。逆にあまりネットワーク
からのアクセスがないと、音は徐々に静かで落ち着いた音へと変わっていく。

ネットワークからのアクセス、会場におけるロボットの移動、会場にきている
人からの指令という三つが絡みあった共同の即興演奏システムが出来上がって
いった。この中においては、ロボットも演奏者の一員なのだ。このようにして、
多様な形態による情報ネットワークへのアクセスから、ゆるやかに変化してい
く仮想的な音のコミュニケーション空間が生成されていった。

私がここで示したかったのは、物理空間と情報空間との融合だ。展示会場とい
う場所で、リアルなロボットが移動し、ネットワーク上の情報として反映され
る。ネットワークから入力された音が会場で響き、ロボットの衝突は音のフレー
ズの変更をひきおこす。会場での観客はそのプロセスに側面から影響を与える
ことができる。ネットワーク空間と触れるような空間とが融合したメディアを
作ろうとした。

さて、ここで生成された音は「音楽」なのだろうか。まずこれは一つのシステ
ムなので、結果として生まれる音は使う人からの入力によって決まる。つまり
使う人によって、良くも悪くもなるだろう。しかしそれはどのように判断すれ
ばいいのだろうか。例えば虫の鳴き声を聞いて「ひどい音楽だ」と言う人はあ
まりいない。単なる「音」と「音楽」の違いはどこから来るのだろうか。虫の
鳴き声は音楽ではないのか。では、鳥の鳴き声はどうだろうか。メシアンは鳥
の鳴き声を元に作曲をした。採譜されオーケストラによって演奏されたその曲
は「音楽的」だった。では鳥の鳴き声そのものは、音楽なのだろうか。私もま
だよくわかっていない。しかし情報ネットワークにおける音のコミュニケーショ
ンは、このような問いの向う側にあるに違いない。

三輪眞弘「東の唄」

一番影響を受けた曲を選ぶとしたら、Stockhausen「Study II」になるかもし
れない。しかし今なにか一曲選ぶのなら、これからの音楽がどのように変容し
ていくかを示唆する曲を選びたい。

コンピュータが音楽に介入していくことにより、音楽はどのように変化してい
くだろうか。「東の唄」は、その可能性をもっとも的確に表現した音楽だと思
う。これはコンピュータを使って作った音楽というよりも、コンピュータとい
う存在をそのまま音楽にしてしまったような曲だ。つまりこれこそ本当の意味
での「コンピュータ音楽」なのだと思う。

Last modified: 2006-09-05